Makes me feel better.

 

あの街にいる人たちが好きだから。

 

どうしてそんなにNYCが好きなの?
今そう聞かれたら、間違いなくこう答えるだろう。
10日程度の滞在でさえ、毎日、本当に毎日、心温まる小さな出来事に癒される。
例えば、ある日の朝。

バスに飛び乗ったけれど、メトロカードを忘れて運転手の前でバッグや財布を捜索しながら困惑する私。
小銭も無ければ、小さなお札もない。
運転手はバスを発車させながらニコリ。
「ハニー、大丈夫だよ、焦ることはないから。ゆっくりでいいんだよ。」
そして、前列のおじさんは手にいっぱいのクォーターコインを私に差し出す。
「両替できるよ、いくら足りないの?」
いやいや、両替してもらえる小さなお札もなくて、、、。
すると、中央の席からおばちゃんが立ち上がり、自分のメトロカードで私の分を支払ってくれた。
小さいお札が無いと伝えると、手を振りながら「いいの、いいの、困った時はお互い様よ」と。
そんなわけにはいかないと$20札を渡すと、おばちゃんはきっちりお釣りをくれ「これでフェアよね?」と微笑んだ。

この話にはまだ続きがある。
地下鉄の駅でバスを降りてメトロカードを買おうとしていると、改札で待っていたらしい先ほどのおばちゃんが私に向かって何か叫んでいる。
「カードを買わなくていいのよ、地下鉄もさっきの料金で乗れるから、早くいらっしゃい!」
NYCでは、バスと地下鉄の乗り継ぎは1回まで、逆戻りしない限り無料なのだ。
それは知っているけれど。。。
改札口へ近づくと、おばちゃんは手に持ったカードをスライドして、ウィンクして去って行った。

プラットフォームに降りると、異様な人だかり。
どうやら工事で電車が遅れているらしい。
NYCの面白ミニ情報。
地下鉄の駅では、なぜか皆フォームの端に立ち、電車の来る方向をジーーーっと見つめている。人と同じことをするのが嫌いなニューヨーカーなのに、その姿は一様だ。もちろん見ているからって電車が早く来るわけもないことは、彼らだって知っている。そんな時、私はその列に並ぶようにして同じ方向を見つめ、一人ニヤニヤしてニューヨーカーになった気分を楽しんだりしている。
一度ローカルの友達に理由を聞いたら、「考えたことなんてないけど、ほら、確認する必要があるでしょ?」 と。(笑)
ともかく、20分経っても電車が来る気配はなく、アナウンスも「遅れている」の一点張り。プラットホームは人で溢れかえるが、不思議とイライラしている様子の人は少ない。さすがNYC、こんなことは日常茶飯事なのだ。

と、ヘッドフォンをしながら小声で歌っていた黒人の20代くらいの女性が、声のボリュームを徐々に上げてさらには踊り始めた。それが殊の外イケていて、リズムを取り出す人、ハモる人も出てにわかに盛り上がる。
数分後、遠くから電車の来る音が聞こえた途端、「Oh my god!」「No way!」とブーイング。

ブーイング?!

待っていた人の中には通勤中の人も大勢居たはずだ。
案の定混雑した車両を見て、あんなに待っていた電車に乗らずにギブアップした人も。(日本の殺人的な満員電車に更に乗り込む人を見たら、彼らは眼を細めるに違いない)
それでもそこそこ混雑した車内では、私はバーに手が届かずに急停車した際に思い切りふらついてしまった。転びそうになってとっさに後ろを振り返ると、「どうぞ」とばかりに両手を広げたおじさんが微笑んでいた。思わず私も笑顔になる。
車内では、ぶつかり合った人たちの「Sorry」「No problem」「Never mind」 etc.の声があちこちから聞こえてくる。もちろん皆口元を上げて。
結局私も30分以上約束の時間に遅れてしまったけれど、友人は「That’s New York!」と気にも止めていなかったし、バスや地下鉄駅での話をしても「That’s not bad」てな感じ。

こんなことが日常のNYCだから、またすぐに恋しくなる。

全てが予定通りに進まないことが多いかもしれない。
スーパーのレジだって雑だし、店で何かを聞いても第一声は「Hah?」がほとんど。
道路はガタガタで決して綺麗とは言えないし、夕方のラッシュ時にはクラクションの音で耳を覆いたくなる。

でも、あの街にいると、そんなことはどうでもよくなる。
むしろ、全てが綺麗で整備され、予定通りに全てが進む、けれど1日に1度も他人と笑顔を交わすこともない東京が私には色彩のない街に思える。

本当に大切なものはわたしたちの中にある。