TO NEW YORK.

LOVE LETTERS FROM NEW YORK
TO NEW YORK.

 

時代の流れの変化は止められない。
年を追うごとに変わってしまう、好きだった店や街の風景を見るたびにため息ばかりついていたって仕方がない。
頭では分かっていても、9/11の痕跡を残していた落書きが綺麗に塗り替えられ、歩きにくくて不平を言っていた凸凹の石畳が舗装されてしまったのを見ると、自分を包んでくれていた街の温もりを失ってしまったような、街からストーリーが消えてしまったような、そんな気がした。

天井の見えない家賃の高騰はいまだに続いているらしく、かろうじて残っていた馴染みの店の店員が「来年は会えないかもね」とポツリと言った時には胸が締めつけられる想いだった。
マンハッタン、ブルックリン、クイーンズと、高層コンドミニアムの波は年々広がり、地下鉄に乗り世界旅行を楽しんでいた、あの頃の胸の高鳴りはもう聞こえない。

ほとんどのイエローキャブは、丸みを帯びた鮮やかな黄色の車に代わり、サスペンションがヘタってお尻が痛くなるほど使い古された、エッジのきいた不良っけのあるあの美しい車はもうほとんど見ることがない。
運転席と後部座席との間には防犯ガラスが隙間なく張られ、駅の窓口のような小さな穴の支払い口。永遠と続く運転手の携帯電話での通話が聞こえないのは有り難かったが、どうでもいい何てことないやりとりも出来なくなってしまったのはとても残念。ある意味街のことを良く知っている彼らとのおしゃべりは、私にとっては小さな楽しみのひとつだったのに。

安全で綺麗な街になってゆくのは住んでいる人にとっては良いことなのだから、私のような旅行者が不平不満を言う立場ではない、と思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
少なくとも私の知っている人たちは、この街が他のメトロポリタンのような綺麗だけれど憂のない街になってほしいなんて思ってはいない。マンハッタンで生まれ育った人でさえ、ここ数年の変化には閉口し、愛して止まなかったこの街から出て行く人が絶えないという。

I’ve done here…

 

変わらないでほしい。
というのは無理なことだけれど、私はどうしてもまだ諦めることができない。